ウォンバットの黄金バット

いろんなバットちゃんです。

おしのの映画鑑賞日記-『レッドタートル ある島の物語』を観て(2)

(1)の続きです。

 

この映画を観て、あたしが思うのは、
「この映画を観て本当に良かった!!」
ということ。

これに尽きるかもしれない。もうホントにこれだけなのよ!困ったことに!

これからの感想は無理矢理に書き出すわよ!

 

この映画ってね、乗っていた船が難破して、運よく無人島に漂着した男がサバイバルをして生き延びる、という光景を表現したアニメーションで映してるだけなのよ。

もう本当にそれだけ。
でも、観ていて一切飽きなかったのは、アニメーションとしてできる技を、スクリーン上でこれでもか!ってぐらいに盛り込んでいるからなのかもしれない。

 

台詞もない、聴こえてくるのは無人島に響き渡る音だけでさ。
浜に打ち寄せる波や木々を揺らす風の音、動物たちの鳴き声、漂着して孤独に打ちひしがれる男の息遣いや足音だとか。
音楽が流れないわけではないけど、どちらかというと補完的な役割でね。
とても起承転結や物語の浮き沈みに乏しい映画のようにしか見えないけど、観ているあたしは、とても引き込まれてしまったのよ。

 

それは、シンプルな映画の造りに感動して引き込まれたわけじゃなくて、内容に富みすぎていたから引き込まれてしまったように思うの。
どのくらい富んでいたかを示すことなんてできないけど、言葉で説明できないことをアニメーション中で表現していて、それをあたしが受け取ることができたんだと思うのよ。


とにかく、スクリーンに映し出されるモノだけで伝わるものがあったんだけど、言葉にできないからアニメーションにしていることが多くてね、それをあたしが観て心に伝わったものもさ、言葉で表現しにくくてさ。

でも、そうやって表現された映画を観て、あたしはとにかく生きてみせなきゃ、と思ったの。

誰に見せるのよ!、とは思うんだけど。
なんというか、あたしには届かないとこある存在に見せつけたい、と思ったのよ。

 

無人島に漂着した男の様子がさ、昔の自分と重なる感じがあったしね。
男は一人であることに狼狽して、無人島から脱出しようとしたりするのを観て、
あれれ?そういや、あたしって元の時代に戻ろうとしなかったな、なんていう気づきもあった。

 

それは、たぶんタイムスリップした先が無人島でなかったし、それを理解させてくれた人がいたからなのかもしれない。

あたしが陥った状況に折り合いが付けられないままだったら、どうなっていたのかしら、って今更ながらに思うけど、自殺していたりするのかもしれないな、って思ったりするの。


でもさ、生きてみせなきゃ、っていってもさ、死にたいなぁ、と思っていてもさ、そのときにすぐ死ぬわけでもないし、結果的に生きちゃってんのよね。

張り切ったところで、大したことができるわけでもないし、普通に生きていくだけなんだけど、普通でいられる心地よさに浸って生きていきたいな、って思ったりしたわ。

 

(3)に続きます。