ウォンバットの黄金バット

いろんなバットちゃんです。

#ゲイと東京から遠く離れて 2日目(午後)

お昼を食べ終えて、庭に吹き抜ける風に意識を乗せるかのようにボーッとしていると、工房で飼われているメジロの鳴く声が聴こえて我に返った。

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どうやら工房の方々が、昼休憩から作業場に戻ってきたようだった。

担当の職人さんに、再び挨拶をしてすぐ染めの作業に取り掛かる。

今回伺った工房では、藍染と島特有の染技法である泥染めを体験させてもらえるのだが、体験というよりは工房の設備を間借りさせてもらえる。

他にもある体験施設と異なるのは、染める衣類などを自分で持ち込んでよい点だ。

大概は体験用のTシャツや風呂敷を購入して染めるのだが、ここでは古着を持ち込んでリメイクすることができ、この工房の特徴であり売りとされている。

早速、持ってきた服を出して、染め具合に応じてグループ分けをする。

染め具合は工房の人とサンプルを見ながら相談して決め、希望の染め具合に応じて要領を教えてもらう。

去年の9月にも来ているので、勝手は知ったるという感じで話はサクサクと進む。

今回は半日なので、藍染と藍泥染めを濃いめに仕上げるだけにする。

柄模様をつけることもできるが、今回は時間が足りないので諦めた。

ちなみに、この工房の本業は、伝統工芸品である大島紬用の糸を染めることだ。

大島紬には泥染めの糸を用いることが決まりとなっている。

泥染めとは、鉄分が豊富に含まれている島の土壌と、タンニンを含む島の車輪梅を用いた染めの技法で、まさにこの島でしかできない技法である。

工房の敷地内には泥水を貯めた池があり、そこに車輪梅の木片を煮出した汁で染め込んだ繊維を漬ける作業を何度も繰り返す。

そうして、泥水の鉄分と車輪梅のタンニンが繊維内てま化学反応を起こし、光を吸い込むほどに濃い黒色に染め上げられる。

一方、藍染の方はどちらかというと普段着用に伝わる染め技法のようで、他の地域で見られるものとそんなに違いはない。

しかし、藍で一度染めたものをその上から泥染めをするという”藍泥染め”は、この島でしかできないんじゃなかろうか。

どんなに濃く染めても、その藍色は彩度が高く見えるのだが、その上から泥染めを重ねるとグレーがかった紺色となって、なかなか渋みのある紺色に染めることができる。

前回初めて、この工房で染物をさせてもらったのだが、仕上がった藍泥染めの色をひと目見た後、自分はその色の虜になってしまった。

1年と間を置くことなく、この工房に寄らせてもらったのは、藍泥染めの色に魅了されてしまったのが一番の理由である。

今回、持ち込んだのはTシャツやトレーナー、ユニクロのストレッチジーンズ。

明るい色の柄ものの服が、年齢を経るごとに似合う気がしなくなってきたので、藍泥染めでトーンを落とし、年相応の雰囲気の服にするのがねらいだ。

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(持参した服。一度水で濯いで脱水する。濡れていないと染料が染み込みにくいらしい。)

まずはじめに藍染をする。

蓼藍を発酵させた染料が貯められた甕に、持ち込んだ服を浸す。

甕の中で揉みこんで染料を染み込ませ、引き上げて絞る。

染料の汁は緑色をしているが、服を引き上げて絞り、生地を広げると、空気に触れたところから酸化をし、緑色から紺色に変化していく。
さらに酸化させるため、工房の庭に干して風に当てる。

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(藍染の染料が入った甕。)
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(服を2グループに分けて、片グループを干す間にもう一方のグループを染める。)
これを順々に繰り返し、好みの濃さになったら水で濯いで脱水し、酢酸と黄な粉を入れた色止め水に浸けておく。

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(年季の入った脱水機)

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(色止め水にたんぱく質を加えると効果が増すんだそうな。)

柄物の服は、薄っすらと柄が見えるほどに染めたいので3回で止める。

無地の服と藍泥に染める服は、6回染めて濃紺に仕上げた。

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(これは前回に染めたシャツの参考画像)

トレーナーやジーンズは生地が厚いため、染料を絞るのにかなり力が要る。

工房の仕事をしながら、職人の若者たちがいろいろ教えてくれる。

紬の糸だけでなく、アパレルから委託された服を染めることもあるし、作家や近所の人の依頼で染めることもあるのだという。

他にも、もともとは東京に出たけど島に戻ってきたんだとか、どこのお店が美味しい、とかいろいろ。

人の過去にはいろいろあるのだろうが、口に出して語られるものは、何処に行ったところで相手が誰であろうが同じことばかりだ。

旅に出ているのにも関わらず、なんだかおかしいなと思う。

そうして談笑しつつ、繰り返し染めていくとさすがに腕の力が入らなくなってきてしまい、作業のペースが落ちてきた。

工房の営業は17時までなので、それまでには染め上げたい。

工房の人も多少は待ってくれるのだが、次も来たいので好印象を残して去りたい、というしょうもない見栄が湧いてくる。

15時になって工房は休憩時間に入る。

職人さんたちが休憩しながら談笑している中、自分は一人で作業を続けて、ようやく泥染めの過程に入るとこまできた。

藍染の作業場の隣にある工房に移り、休憩から戻ってきた工房の方に、泥染め用のエプロンと手袋を借りる。

泥染めは藍染より工程が多く、正直うろ覚えだったので、細かく教えてもらうことにした。

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(泥染め側の工房)

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(藍染した服を車輪梅の煮汁に漬けて揉み込む)
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(石灰水で中和して→車輪梅の煮汁に揉み込む、染めを重ねる作業を繰り返す)
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(好みの濃さになったら鉄分を含んだ粉末を入れて化学反応をさせて色止めする)
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(青緑色のが鉄分。泥水だと作業時間がかかるので省略バージョン。)

残り時間も少なくなるの気にしてくれたのか、職人さんたちが一工程ずつ切り上げるタイミングを教えてもらえるので、作業が早く済ませることができた。

最後に水で濯いで軽く脱水して、ひとまずは完了とする。

すべての染め作業を終えて、染めた古着をビニール袋に詰めていると、職人さんが労いの言葉と、また来てくださいね、と声をかけてくれた。

次にいつ会えるかわからない人との掛け合いには、潔さと思いやりの良いバランスを感じられ、少し切ない気持ちになる。

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(ゴム手袋をしても何故か染まる手)

宿に戻ったら、物干し場に染めてきた衣類を干し、ザッとシャワーを浴びる。

身体のそこかしこに、染料の跡が残るものの、島の習慣に触れた証として、どこか誇らしさを感じる。

後片付けをしていたら、19時になっていた。

宿の広間でお茶を飲みながら、夕飯をどうするか考える。

泊まる宿では夕飯が出ないので、どこかへ調達しに行かなければならない。

かなり疲れてしまったので、最早食事をするのも億劫な気分になってしまった。

お弁当を売っている商店にも、車で着くころには閉まってしまう。

宿の隣にはレストランがあるが、洋食の気分でもない。

いろいろ迷った末、少し離れたところにある、島豆腐屋さんが営む食堂に行くことにして車に乗り込む。

何度も行っているお店なので、間違いがないということに日和ってしまった。

午前中は晴れていたが、午後はにわか雨も降るなどして、夜になると分厚い雲が空に広がっていた。

車を走る夜道も月明かりがないので本当に真っ暗だ。

街の方から家路を急ぐ車と反対方向に走っていく。
先っき染めた服は、誰にどれをあげようかなどとぼんやりと考える。

染め上がった具合を見て、決めようと思っていたのだが、どれも良いので決めかねていたのだった。

一番の懸念にしていた人は、前に染めたシャツを贈ったときに、かなり気に入ってもらえた様子だったので、また喜んでもらえるだろうか、と期待は募るばかりだった。

けれど、この間に話したときにはあまり興味がなさそうにしていたのを思い出しては、期待と不安でない交ぜになる。

食堂に到着して、注文した塩豚の煮込み定食を食べている間も、頭のなかではずっと染物のシュミレーションをしていた。

自分が似合うと思ったとしても、相手が気に入るとは限らない。

贈り物というのは本当に難しい。

相手が何も欲していない場合は尚更だ。

なので、普段から贈り物をするときには、自分があげたいと思うものを贈るようにしてはいる。

しかし、それはそれでお節介が過ぎることなのかも、などと、食堂から宿への道すがら、車を走らせながら悶々と思考を巡らせる。

辺りはすっかり暗くなって、夜に湧き上がる湿気で闇に浮かぶ景色をぼんやりとさせていた。

宿に到着すると、関西から到着したというサーファーの3人が広間で談笑していた。

今日の旅程やお店などの情報を交換して部屋に戻る。

明日の天気をiPhoneで確認すると、曇りのち雨だった。

日の出も夕陽も見られそうにないのならばゆっくり寝ようと思い、電気を消して布団に横になる。

目を瞑ると染めたジーンズを履く彼のおしりの形が、まぶたの裏に浮かんだままで消えない。

我ながら下品な妄想だと思いながら眠りに着く。

東京から遠く離れたところで考えることは結局同じで、距離に比例して想いが薄れたり強まったりすることなんて無いらしい。

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(この晩に食べた定食。この量で800円。)

 

 

#ゲイと東京から遠く離れて 2日目(午後)