#ゲイと東京から遠く離れて 3日目(朝)
ふと目を覚ましてiPhoneを見ると、朝の6時半が過ぎていた。
昨日の染め作業で酷使した腕と手首が、見事に筋肉痛でじんじんと痛む。
部屋の外からは宿のご主人が朝食の準備をする音と、サーフィンに出かける準備をするあの3人組の声がする。
一昨日の晩に東京から届いたLINEを見ては、またガッカリとした気持ちになる。
ついつい「島に来ていなければなぁ」と考えてしまう。
「いやいや、島に来て良かったこともあるじゃんか」と探してみるが、こういう時に想像力ってのはまったく働かない。
良い悪いの話ではないのだけれども。
しかし、こうやって届きもしない想いだけを募らせるのは良いことなのか否か。
自分にとっては悪いことではないと言い切ることもできるのだが、何人かの友人が鼻で笑う顔が頭に浮かんでくる。
強がってるようにしか見えないのだろうが、それは無理もない話でもある。
人は見たいように人を見るし、自分だって同じ穴の狢だ。
昨日の疲れが残っているせいか目覚めは悪かったが、宿のご主人から朝食の声がかかってしまったので、起きて部屋着のまま顔を洗いに行く。
すでにサーファーの3人組はおらず、先着で泊まっていたおじいさんが、すでに食事を始められていた。
ご主人が言うには、サーファーの方々は波乗りから戻った後に、朝食を取られるのだそうだ。
(島のピーチパインが美味しかった)
二人でNHKのニュースを見ながら、昨日行った場所や今日の予定を話しをした。
おじいさんは昨日は喜界島に日帰りで行ってきたそうだが、今日は宿の近所でゆっくりするそうだった。
もともと喜界島に行くのも昨日決めたのだそうで、もともと旅程は真っ白なんだという。
てっきり、島には仕事か親類の用事があって来られたのかと思っていたら、ふと思い立ってこの島に来たらしい。
この島はそこまで知られているわけでもないので、大概は「今度、奄美大島に行くんだ」と言っても、頭の上に「?」が浮かんでいるような顔をされる。
ふと思いついて来るような島でもないと個人的には思うのだが、何かしらの引き寄せる力がこの島にはあるのだろうか。
自分の今日の予定は、午前中は島の郷土料理のひとつである「ミキ 」の作り方を習いに行くことになっていた。
会場は、宿から南西に車で1時間ほど走ったところにある村の公民館。
10時に集合する約束をしていたので、8時半に出れば十分に間に合いそう。
一昨年にドライブしたときに通ったことのある集落なので、道のりに不安もない。
ただ、天気予報が良くないのが残念だった。
この集落に向かう道も海岸沿いを走っており、良い景色を眺めつつドライブするのが楽しみだったのだ。
朝食を食べ終えて、シャワーを浴びたらまだ8時前だった。
出かけるには早すぎるので、宿のご主人が淹れてくれたコーヒーをおかわりし、地元の新聞を読みながら時間をつぶす。
しばらくするとサーファーの3人組が戻ってきた。
天気は良くないが、なかなかの波だったらしい。
今日の予定を聞かれたので、ミキの作り方を習いに行くと伝えると 、案の定、頭の上に「?」が浮かんでいるような顔をされた。
面倒に思いながらも、ガイドに載っていた写真を見せながら、この飲み物が島でしか飲めない代物でいかに貴重なものかを説明する。
(これは市販のミキ、スーパーなどで売っていてメーカーによって風味が異なる)
熱が入りすぎたのか、途中から話を聞いてもらえてはいなかったようだった。
波の様子など興味がないのに聞いていたとき、自分も同じ顔をしていたはずなので非難などできないのだけど。
そうこうしているうちに出かける時間になったので、荷物を持って車に乗り込む。
特に当日必要な持ち物などは事前に連絡はなかったのだが、帰りに作ったミキを持ち帰るのであれば、必要になるだろうとクーラーボックスを東京から持ってきていた。
それをサーファーたちに見られると「めっちゃ本気やん」と言われたので、何か問題でも?、とムッとしてしまった。
わざわざ指摘されることなのだろうか。
車を出発させると、雨粒がポツポツとフロントガラスを打ってくる 。
ワイパーを動かすほどではないが、西の遠くの空を見れば、暗く重たい雲が連なっているので、そのうち雨は本降りになるのだろう。
雨の予報があるのだから当然のことなのだが、この島では晴れ予報のときでも、こういう天候になることがよくある。
海に囲まれた島だからなのか、そのメカニズムはよくわからないが 、
近海で発生する雨雲は予報対象にはならないのかもしれない。
西側の海で遊んでいると、雨雲がやってきて、ザーッと雨を降らせ 、あっという間に東の山の向こうに抜けていくことが1日のうちに何度もある。
今日はもともと雨予報だとすると、断続的に雨が降ることになるのだろう。
開け放った車窓から入ってくる風も冷たく湿って重い。
目的地の村には少し早く着いてしまった。
集落の入り口にある高台の駐車場に車を止める。
ここも夕陽のビュースポットとして島では有名らしいのだが、いまは濃紺色の海の色が反射しているかのような雲が、水平線の向こう側から迫ってくるのが見えるばかりだ。
雨はポツポツと落ちてきてはいるが、頭上には雲の切れ間から陽射しが差し込んできて、少し蒸し暑さを感じる。
風も強くなってきた。
写真を撮ろうとiphoneを構えても、飛ばされてしまいそうなほどだ。
駐車場には地元のおじいさんが車を停めて、午前中から昼寝をしているようだった。
窓を開け放した車のステレオからは、奄美の島歌が聴こえてくる。
そういえば島に着いてから、ずっとラジオも音楽も流していなかったのに気づいた。
島には地元のFM局がいくつかあり、島歌だけでなく、いろんなジャンルの島在住のミュージシャンの曲がたくさん流れる。
聴いているだけで楽しいのだが、すっかり忘れていた。
東シナ海から向かってくる風と、奄美の三線と女性民謡歌手のファルセットが綯い交ぜになって自分の耳を打ってくる。
高台から下を見下ろすと、目的地の集落が見渡せる。
目前に拳をかざすと、見えなくなってしまうほどの大きさの集落。
(高台から見渡す集落)
(これは60年前の集落の写真)
(琉球時代の歌の一節に、旅人が村の人に「水が欲しい」と言うと「水はないが酒ならある」と酒を出されたと、この島らしいエピソードがあるらしい)
浜辺の近くに民宿と喫茶店がいくつかあり、NPOで島の郷土文化を体験できるアクティビティを展開している村で、一度はちゃんと訪れてみたかったのだ。
いやはや、ようやく来ることができた。
ただ、水の代わりに酒を出されても、車の運転があるから飲めないのが残念だ。
#ゲイと東京から遠く離れて 3日目(朝)