#ゲイと東京から遠く離れて 2020冬(大阪1日目朝)
飛行機の搭乗時間までは1時間ほどあった。
暇をつぶそうと空港内をウロウロしようかと思ったが、寝癖頭のままでは少し気が引けた。
時間はあるので、ゲート近くのトイレでたっぷりと歯を磨いて顔を洗った。
自分の乗る飛行機はまだゲートに到着していない。
空港の向こうの空がだんだんと明るくなってきている。
待合い席に座ると同年代くらいの女性が、自分とは反対端に座ってきた。
そして、たくさんの飛行機が駐機するだだっ広い景色を、眺めるというよりは見つめながら鱒寿司を食べている。
とても美味しそうだ、と思いながら、自分は昨晩にスーパーで買ったコーヒーとハーベストをパリポリと食べる。
後ろの席では学生風の男子二人が、よくわからない話題で盛り上がっている。
そういえば、大学生は春休みの時期だった。
空港の職員さんたちはマスクをしている人は半々ぐらいだったが、航空会社の職員さんたちは全員マスクをされていた。
なぜ採用されたのか以前から不思議に思う、奄美大島のミント黒糖と飴をもらう。
搭乗員の方たちもマスク。手袋はされてなかった。
そういえば武漢から帰国したチャーター便の搭乗員の方たちも、到着したら2週間の隔離をされているらしい。
接客業は大変だと思う。
予定通りの出発。
窓の外には朝日が上ってきていた。
朝日を右に眺めながらの離陸。
横浜上空では、ダイヤモンドプリンセス号のらしき船影を見た。
雪が少ない富士山。
隣の席は女子学生たちの二人組だった。
時折、前後の席に座っている子たちと話しているので、卒業旅行で大阪に向かうところらしい。
自分はひとり、持ってきた小説を読み進める。
山田詠美の『トラッシュ』。
読むたびに自分を振り返っては辛い気持ちになるので、なかなか読み進められないでいる。
主人公のココが「寂しく思うのは愛されているからだよ」と友人から言われる場面では、主人公と一緒になって「えっ」とまた思考が止まってしまった。
まさかの言葉が連なるので、いちいち考え込んでしまうのだ。
隣の女子学生たちは、きっと中年男性が小説の若い女性と共感しているとは思ってもみないだろう。
小説の言葉に打ちひしがられているうちに、着陸体制に入ったというアナウンスがあった。
窓の外を眺めると雲が地面に張り付くかのように広がっている。
その雲の下から大阪市内の高層ビルが突き抜けている様子が眺められた。
地上にいる人たちは深い霧の中にあるのだろうか、それとも高いところにあるように見える雲を見上げているのだろうか。
高度が下がってくると関西国際空港が見えてきた。
上空から眺めていると、普段の自分がいかに狭いエリアで暮らしているのかを実感する。
自分の部屋なんて、まち針の先でも指し示すことさえできないのではないか。
視点を変えればちっぽけな存在でしかないことに、手を煩わされてばかりなのだと思うと少しため息が出てくる。
天にいる神の視点から、普段の我々など見えはしないのだと思う。
自分の周りに漂うウイルスや細菌が見えないように、自分自身のサイズとは小さすぎたり、逆に大きすぎたりするモノは、視界に入ったところで目に見ることは難しい。
関西国際空港に到着すると滑走路が雨に濡れていた。
本当は伊丹空港にしたかったけれど、ちょうど良い時間の便に空きがなかったので、関西国際空港を選んだのだった。
来たこともなかったので、これが関空かぁとキョロキョロしながら歩く。
もう少し大きい空間かと思っていたが、国際空港の割に狭いように感じられた。
動線が入り組んでいるからだろうか。
もしくは天井が低いのか。多少の圧迫感があった。
空港に向かう外国人の方々は、ほぼみんなマスクをしている。
駅のデザインは御時世に似合わずポップで明るい。
台風で通行できなくなっていた桟橋を渡る。
空港近くはRCの建物が立ち並んでいたが、その間にある岸和田辺りでは古い住宅が多く見えた。
台風の被害なのか、屋根にブルーシートを貼ったままの家もいくつかあった。
去年、大阪市内を歩いた時は新しいビルばかりが立ち並ぶ様子に驚いたものだけど、それに取り残されたままの大阪がどうやらあるらしい。
そのうち時間をとって歩いてみたいものだと思う。
なんばが近づくにつれて畑は見えなくなり、団地も真新しい塗装をされたものが見られるようになった。
地面はマンションや雑居ビルで埋めつくされていって、遠くにアベノハルカスが見えると、目的地のなんば駅に着いた。
空港ではマスクをしている人が多かったが、街の方に来たらマスクをしていない人の方が少なく見えた。
大阪ではあまり心配している人が少ないのだろうか。
エスカレーターで右側に並んで乗ると、ようやく関西に来たなと実感した。
これから、なんば駅から歩いて心斎橋にある銭湯に向かう。
#ゲイと東京から遠く離れて 2020冬(大阪1日目朝)