ウォンバットの黄金バット

いろんなバットちゃんです。

#ゲイと東京から遠く離れて 3日目(午前)

そろそろ時間なので、集落に向かおうと車に乗り込んで出発する。

公民館は集落を浜辺の方に進んだ突き当たりにあった。

駐車場があると聞いていたが、見当たらないので、とりあえず浜辺の駐車場に停める。

車のエンジンを止めると、波と風の音しかしない。

隣に駐車してきた車を見ると、若者がマイクや関連機材の荷下ろしをしていた。

風や波の音を録音しに来たのだろうか。

島に居ながら環境音の収集を趣味にするとは、是れ優雅な生活極まれり、とかなりうらやましく思うなどする。

駐車場から歩いて公民館に向かうと、担当らしき男性が準備をしていた。

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(この集落の公民館、相撲の土俵があるのが一般的)

まだ少しだけ時間も早いが雨も降ってきたので、中に入って待たせてもらうことにした。

担当の男性は、島の訛りを少し残した標準語の挨拶で出迎えてくれた。

聞けば適当に停めた駐車場も合っていたらしい。

しばらくすると、駐車場で見かけた収音趣味の青年も入ってくる。

傍らには、マイクだけでなくカメラも抱えていた。

どうやら彼は趣味ではなく、某放送局の取材で来たようだった。

担当の男性がまた明るい声で、事前の連絡も無しに申し訳ないが 、今日は急遽取材が入ったことを詫びられた。

とりあえずは九州ローカルのみの放送になるようなので、別に気にすることもないかと、取材の同意確認に了承することにした。

時間になると、参加者たちが一気に集まった。

自分を含め、男性が2名と女性が8名の計10名。

もしかしたら、参加者は自分だけかな、と思っていたので、こんなに集まるとは正直意外だった。

冒頭に主催者の説明によると、参加者のうち2名以外は島内からの参加らしい。

島に暮らしていても、こういう体験講座に参加する人がいるんだな 、と関心していると補足の説明があって、実際は島外から転勤や出向で来ている人ばかりらしい。

島出身の人は、中年のおばさんがひとりだけで、逆に島出身なのにどうして?、と関心の的になっていた。

おばさんの話では、いつかは親に作り方を教えてもらおうと思っていたのだが、諸々の事情でそれが適わなかったらしい。

他の人も、島にいる間にいろいろな島特有の文化に触れておきたい、という動機から参加することにしたのだという。

何かを学ぶ機会というのは、無限にあるわけではないのだと意識して始めて、人は動き出せるのだろうか。

学ぶことだけではなく何かを始める時というのは、いつもそういうことなのかもしれない。

ミキ作り講座は談笑しているうちに自然と始まった。

講師の先生は、地元のおばあさんと地区会長のおばさまの2名。

地区会長のおばさまはノロ神様でもあるらしい。

紹介される前から、目力が異様に鋭い方だと思っていたが、なるほど!と合点がいった。

以前、お会いしたことがあるユタ神様と同じ雰囲気をまとっていたのだ。

説明も早々に、早速つくりはじめることになって、公民館の厨房室にワラワラと移動する。

学校の家庭科調理実習室と同じ雰囲気の厨房で、唐突に懐かしさに襲われる。

作業台には、一晩水につけておいたうるち米と芋、アルミの大鍋とミキサーが置いてあった。

分量はもう計測済みで、あとは順序に沿って調理するだけらしい。

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作り方は下記の通り。

①一晩水につけておいたうるち米と水1リットルを入れてミキサーで粉砕する

②粉砕したうるち米を鍋に入れる

③さつま芋の皮を剥き、水500mlを入れてミキサーで粉砕する

④③のさつま芋汁をさらし布で濾す

⑤②の鍋を火にかけて、糊状になるまで練り上げる

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(かなり重たい)

⑥水1リットルを少しずつ追加しながら好みの粘度になったら火から下ろす

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(一人で作るには大変)

⑦砂糖を入れて⑥の鍋を人肌程度まで冷ます

⑧⑦に④のさつま芋汁を加え、よく混ぜ合わせる

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(混ぜたらほぼできたも同然なので、参加者の差し入れでお茶休憩)
⑨保存用に消毒した瓶かペットボトルに⑧を詰める

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⑩⑨にコピー用紙で蓋をして輪ゴムで留め、常温に2日間ほど置いて発酵させたら冷蔵保存する

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以上。

①はおかゆ状にしてからミキサーに粉砕する方法が一般的らしいが、今回は時間が限られているので時短レシピの作り方なのだという。

ずっと麹を使わずにどうやって発酵させていたのか疑問だったのだが、生のさつま芋汁が麹の代わりだと知ることができて目から鱗が落ちた。

さつま芋に含まれる植物性乳酸菌のはたらきで、米と砂糖を発酵させるらしい。

そもそもは口噛み酒の作り方が元になっていると聞き、さらに納得がいった。

口噛み酒とは、人が口に含んでよく噛んだおかゆを一口分を、壷に入れたおかゆに足して発酵させてつくる酒だ。

パッと聞いた限りは不潔なことこの上ないが、麹の手に入らない地域ではよく作られていたらしい。

また、神事に使う口噛み酒では、処女の噛んだおかゆを用いていたのだとか。

これも昔の人の知恵の内なのだろうか。

さつま芋の種類や砂糖の量で風味が異なってくるそうで、昔は誰々の唾液を使うと酒が美味しくなるとか噂されていたりしたんだろうか、と想像しては、昔の処女たちに気の毒に思ったりもした。

水の代わりに100%果汁のジュースを足しても良いらしい。

いろいろ作って試してみようと思う。

完成した発酵前のミキは、みんなで分けて持ち帰ることになった。

期待通りの展開ではあったが、明日の飛行機で東京に帰る時のことを考えて、急に頭を抱える事態となった。

紙で蓋をしたペットボトルを飛行機に持ち込めるとは思えず、また蓋をしたところで、発酵が進んだことによるガスで破裂する可能性も大きい。

どうしたんだろうかと悩んでいると、無事に東京まで持ち帰ってくださいね~、と参加者に笑われ、愛想笑いをしながら途方に暮れてしまった。

一時的に保冷剤で冷やすことで、発酵を抑えられるようであれば、蓋をしても大丈夫なような気もするが。

いずれにしても賭けであることに違いはなかった。

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(色が違うのは品種の異なる芋で作ったせい)

12時を回ったところで、集落の防災放送から正午を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。

公民館では参加者同士の談笑とインタビューが続いているが、午後の約束もあるのでお暇することにした。

公民館を出ると、目の前に広がる浜辺の向こうには、紺色の雲がモクモクと迫ってくる様子が見えた。

相変わらず風は強いけれど、太陽の位置が高くなったせいか、若干、浜辺は明るくなっていた。

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車に乗り込んで、次の目的地までの移動時間をグーグルマップで検索する。

昼食をどこかで取れるだろうか、取れるにしても何を食べようか。

次の段取りを考えようとしても、紙で蓋をしたミキの処遇をどうするかと頭がいっぱいになりつつ、車のエンジンをかけて集落まで来た道を戻る。

 

#ゲイと東京から遠く離れて 3日目(午前)