ウォンバットの黄金バット

いろんなバットちゃんです。

#ゲイと東京から遠く離れて 4日目(夕方)

飛行機が離陸するとあっという間に高度を上げて、雲の上まで上昇してしまった。

島の姿も遠くになり、明るい西陽に照らされて黒い塊のように見えるようになると、すぐに雲の下に隠れて見えなくなった。

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(空港は島の北部にある)

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(逆光のせいで黒々と見える島)

しばらく雲の中を飛んでいくようだったので、窓の外の様子を見るのはやめて、姿勢を正して正面を向いた。

 

視界に入ってくるのは、密閉された機内の様子だけだ。

そうしてやっと、東京へ帰るってことが残念に感じられた。

それは名残惜しいということではなく、自分はこの島にとっては旅人でしかなかったのだな、と改めて痛感したというか。

もしくは、東京に戻れば旅人でなくなってしまうのかと、ようやく自覚しては無念に思う感じ。

自分が東京に帰ることを惜しんでくれる人はいないし、また、自分が東京に戻ることで安心する人はいるだろうかと考えると、冷めざめとした気持ちになる。

東京に戻ることが当たり前なのだから、構ってもらえないことを僻んだところで仕方がないのだけれども。

消印を押されて郵送される封書のように、成されるがままに島から送り返されているようなもので、どことなく所在感が掴めなくなってしまう。

今回の旅でやりたいことはすべて済ませたはずなのに、なにか得体の知れぬ欲求不満な気持ちが心の底で燻っているようだった。

それはたぶん、東京に戻ればまた旅に出る前の自分に戻ってしまうのではないかと、不安に思っているからなのだろう。

 

しかし、もう二度とこの島に来ないという理由は何もないのだ。

この島の人は相手が旅人だとわかると、「よかったらまたおいでね」という言葉をかけてくれたのだった。

自分で自分につまらなく感じたら、また旅に出ればいい。

あの大きな猶予を含ませた言葉に、いまは甘えて頼りにさせてもらうしかない。

 

そもそも島では島での暮らしがあって、東京には東京の暮らしがあるのは言うまでもないこと。

同じ海でつながってはいるけれど、それぞれの暮らしがつながるかどうかは、それぞれの人と人の距離感次第だ。

それは自分と自分の間においても言えることのように思える。

距離感を確かめたくなったら、またいつだって旅人になれば良いのだ。

そうは言っても、文句ばかり言って惰性のままに、閉じこもってしまいそう気がしないでもないけれど。

 

こういうことを、東京にも観光客はたくさん来ているのに何も感じることがないのはどうしてか。

逆に旅人ではない東京での自分は、観光に来ている人からはどう見えているのか、不思議に思えてくる。

だいたいは往来の人々や溢れる看板の景色の中に、埋もれてしまって見えてないのには違いない。

公共の場でのマナーやシステムに従っていれば、それは場の雰囲気に自分の存在感を溶けて馴染ませているようなもので、景色に埋もれるのも無理もない。

だから、あまり人とのつながりを持つこともないし、その分余計に、自分が立体的に存在していないんじゃないかとも思えてくる。

普段の自分は、それに甘えて楽をしているのに、それと同時に不満を募らせてもいるのだろうか。

別にこれは東京だからということでもなくて、決まったテリトリーの中で暮らしていれば、存在感なんてものは場に馴染んで薄まってしまうものなのではないか。

だから、自分はこうして東京から遠く離れた島にまで旅をして、薄まった存在感に光を当てて見たくなったのだろう。

この旅ですべてを見出せたわけではないのだけれど、要領だけでも得られたような気がして、それはそれで今後の人生の糧になることのように思えた。

 

飛行機が一定の高度に達したのか、シートベルトの着用サインが消えると、機内サービスの飲み物が配られはじめた。

徐々に緯度が上がっているせいなのか、高度が上がったせいなのか、若干機内が肌寒くなったので温かいコーヒーをもらった。

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(熱いコーヒーと藍染めの跡が残る指)

しかし昼間のちゃんぽんのせいか、コーヒーの苦味にも打ち勝つほどの眠気に襲われてしまう。

薄れ行く意識に抵抗するかのように、島での出来事を振り返ろうとするも、気がかりなことは東京に着陸してからのことばかりだった。

家に着いたら荷解きをして、染め物の色止め作業をして、お土産を渡しに行かないと、などと、旅はまだまだ続くかのよう。

かなり忙しないスケジュールに、眠気も手伝って少しだけ嫌気が差してくる。

けれども、一番の懸念事項は、ちゃんと上手くこの旅のことをかの人に伝えられるかどうかだ。

また、要点を曖昧にしたままダラダラと話をして、相手を飽きさせてしまうのかもしれない。

それもやっぱり独りよがりのせいなのかと思うと、少しだけ気が重くなってくる。

けれど取り繕ったとしても、また自分をその場に溶かそうとしまうだけなのだ。

さてさて、どう話してみれば良いものか。

この間は断ってしまった飲みのお誘いを、今度こそ無碍なことにはしたくない。

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(東京湾上空からの景色、島の方向を眺めると富士山がよく見えた)

 

 

※おしまい※

 

#ゲイと東京から遠く離れて 4日目(夕方)